B級科学者もどきの憂鬱

とある理系になりきれない奴のつれづれなる活動記

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プログラムと脳

晩御飯の買い物から帰りながら、こんなことを思い付きました。
プログラムと体の働きって、意外と共通する部分が多いなーと。


長くなったので、また追記からどうぞ。


例えば、高級言語との関連を考えてみます。

筋肉を一つ一つ動かすことを一行のプログラムに例えると、
腕を動かす等のまとまった動きは、一つの関数になります。
さらに関数が集まって、歩いたり泳いだりというような動きになります。

これは、オブジェクト指向言語でいう、クラスの継承や派生に似ています。


機械語との関連を考えてみます。

通常、意識して筋肉(細かく言うなら骨格筋)を動かすには、
脳から神経系を通って電気信号が送られなければなりません。
これは、CPUがメモリにアクセスしたり、周辺機器を制御するのと似ています。
思考することは、CPUが行う計算と対応させられます。


では、体を動かす関数の、引数に当たるのは何でしょうか。

多分これは、数値などのように固定されたものではなく、
もっと流動的で非言語的な何かが引数のような気がします。

人間が腕を動かす時に意識することは、
どちらに動かすか、どのように動かすかということだけだと思います。
これは、何となくの私の感想です。
でも、同意してくれる人は多いと思います。

そして、そういうものは、言語で表すのが非常に困難です。


ここからは完全に私見になりますが、
多分、脳が使う関数は、プログラミングでいうATLのように、
行動を起こすために必要な関数を多重継承させて作っているんだと思います。
それも多分、行動を意識した瞬間に作成しているのでしょう。

そして引数に当たるものは、心理学用語でいうクオリアや、
思考そのもの、記憶そのものだと思います。
それは、言語で表すのは非常に困難で、もしかしたら不可能なのかもしれません。

でも、行動を開始する時刻での全ての脳細胞の状態を記録することができれば、
引数を解析することは可能かもしれません。
ただ、あくまで『可能』だというだけな気がしますが……。


上で言ったことは、実験で検証するには極めて困難な内容だと思います。
だからこれは、あくまで私が内観的手法を用いて思考実験した結果です。
また、上で言った『プログラム』や『継承』などと対応しているもの自体が
そもそも非言語的なものだと思いますので、とても曖昧な論理になっています。

それに、プログラムとの類似性ということ自体も、
完全に成り立つ法則ということではなく、
常にある程度(これもどう定義すればいいかわからない……)成り立っている法則、
ということで言っています。

書きながら、自分でもかなり不完全な考察だとは思います。
でも、本格的に定式化するとなると、
ファジー論理やら脳ネットワークのトポロジーやらを
導入しなければならないと思いますので、
どうせならブログ記事にせずちゃんとした論文にします。


それと、内観は意識の探求などで強力な手法ではありますが、
客観性を持たせるのが難しいので、
今度それに関する考察も書いてみようと思います。

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