B級科学者もどきの憂鬱

とある理系になりきれない奴のつれづれなる活動記

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「飽き」の特殊性

もし野生動物が、日々の生活に飽きたりしていたら、
すぐに自然界の営みに呑まれてしまう。
だから、「飽き」という感情は、
恐らく人間にしか無いものだろう。

では、何故人間だけが「飽き」を感じるのだろう。
野生動物との主な精神構造の違いは、
理性の存在比重の大きさと、感情の多様さだろう。
これらが原因なのだろうか。

小さい子供は大人よりも、
単純作業を飽きずに続けられる事が多い。
そして情緒の発達は四歳頃までにほぼ完成してしまうため、
感情の多様さが「飽き」に関係しているとは考えにくい。

また、人間が「飽き」を感じ始める時というのは、
あれ、これ同じようなことばかりしていないか、
などと気付いた瞬間ではないだろうか。

逆に言うと、それに気付きさえしなければ
「飽き」は来ないのではないだろうか。
例えば、ドミノを並べるなどのような単純作業時に、
何も考えずただ並べることに集中している間は、
「飽き」は一切来ない。

このようなことから、「飽き」について考えること自体が、
「飽き」の原因である可能性が高いと言える。
またこれは、「飽き」の性質についてかなり説明できる。

例えば、野生動物や子供のように、
思考回路が未発達であれば、
飽きるという考えに至りにくいので「飽き」が来にくい。
「飽き」に個人差があることは、
人によって思考系統が違うため当然と言える。

では、飽きにくくするにはどうすればいいのだろうか。
一つは、他の事は何も考えず物事に集中すること、
もう一つは、別の物事を片手間にやりながらする、
例えば作業用にBGMをかけるなどである。

結論:特に役に立つ結論は得られませんでした。
いつものことか。

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